多様な機関、職種、地域と連携して、日本在住ウクライナ避難民に適切な支援や継続的な心のケア提供という2025年度の日本財団助成金プロジェクトは2026年3月31日に無事に終了しました。日本財団からの助成金により、ウクライナ避難民への支援を実施できましたことに、心より感謝申し上げます。
報告内容は下記のとおりです。
外国人女性の会パルヨン
2025年度ウクライナ避難民向け心理療法/心理相談
実施報告書
データ分析および報告書の作成:
花村カテリーナ、ジュラベル・オルハ、デフチャレンコ・エフゲニア
*一部、2026年2月17日のオンライン報告会でのスライドを使用しています。
はじめに
本事業は、ウクライナから日本へ避難した人々に対し、心理的不調の改善と日本での生活への適応を支えることを目的として、ウクライナ人心理支援者による母国語での無料の心理療法/心理相談を提供してきたものである。戦争避難民は一般に精神的健康上の問題を抱えやすいことが知られている。外国人女性の会パルヨンは、「自分や自分の気持ちについて母国語で話せる場を提供したい」という思いから、避難民の受け入れが始まって約5か月後にあたる2022年7月より、ウクライナ避難民向けの心理支援事業を開始した。本事業は、2025年度で4年目の活動にあたる。____________________________
これまでの経緯と2025年度の支援継続の意義
2022年から2024年までの支援実践を通して明らかになったのは、避難民の心理的不調の高さに関する先行研究や、海外のウクライナ避難民を対象とした調査で示されてきた、うつ、不安症、PTSD等の高さを裏づける実態であった。避難民が置かれていた状況は、一般的な移住や留学とは大きく異なっていた。彼ら・彼女らは、突然の避難を余儀なくされ、家族や友人を母国に残したまま、強い緊張、喪失感、罪悪感を抱えて来日していた。トラウマ反応、家族や友人の喪失を受け止めきれない苦しみ、「なぜ自分だけが生き残ったのか」という罪悪感といった心理的苦痛と向き合いながら、日本語学習、住居、日常の買い物、就労、学校、病院、行政手続きなど、日本で生活していくための初期適応課題にも対処しなければならなかった。多くのケースにおいて、こうした心身の疲労、トラウマ反応、ストレス反応は、生活再建に取り組むうえで大きな妨げとなっていた(図1)。

図 1 避難に伴うストレッサーの例
2023年度から2024年度にかけては、長期滞在ゆえの課題がいっそう前面化した。生活の立ち上げそのものに加え、今後の自分の人生や家族関係、子どもの将来をどのように考えていくかという、より長期的で根本的な課題が重みを増していった。特に2024年度以降は各種支援の終了が加速し、将来の見通しはいっそう立ちにくくなった。もはや短期的な適応課題ではなく、人生全体に関わる選択や決断を前提としたテーマが相談の中心となるケースが増加した。その結果、心理療法/心理相談においても、それまで以上に深い水準の葛藤や不安を扱わざるを得なくなった。こうした変化を背景として、新規申込者数の増加と、一人当たりのカウンセリング件数の大きな増加がみられた。2024年度は、年度予算が開始後8か月程度で底をつき始め、新規募集を中止し、深刻なケースや支援開始直後のケースを優先して対応せざるを得ない状況となった(図2)。

図 2 2022年7月~2026年3月 新規申込者数およびカウンセリング数の推移
このような3年間の蓄積を踏まえると、2025年度は、単に支援を継続した年ではなく、避難生活が新たな段階に入ったことに対応するための重要な年度であったと位置づけられる。すなわち2025年度には、心理的不調への対応に加えて、避難生活4年目特有の複合的課題に向き合う支援が求められた。限られた予算のもとであったため、特に2024年度において深刻な状態にあったケースを優先しつつ、支援継続の必要性が高い人々への対応を行った。
2025年度は、戦争の長期化が恒常化へと移行するなかで、避難民が一時的な避難生活としてではなく、今後の人生設計そのものを問われる段階に入った年度でもあった。そのため、本年度における支援継続の意義は、症状の軽減にとどまらず、将来への見通しを失いかけている人々に対し、心理的な足場を提供し続ける点にあった。
実施方法
本事業における心理療法/心理相談は、ウクライナ人の心理支援者4名が担当した。このうち3名は、本人もまたウクライナから日本に避難した当事者であった。

相談希望者には、パルヨンのホームページに設置した申込フォームから、氏名、連絡先、主訴等を記載のうえ申し込んでもらう形をとった。その後、対応可能な心理支援者より、面談日程の候補および同意書等の案内を送付した。未成年の場合には、保護者の立場にある者の連絡先も記載してもらい、保護者に対しても同意書等を送付した。本人および必要に応じて保護者から同意を得たうえで、面談を開始した(図3)。

図 3 外国人女性の会パルヨンのホームページにおける、事業に関する案内と申込フォームのスクリーンショット
面談は主としてZoomを用いたオンライン形式で実施したが、希望がある場合には、東京において対面で実施した。実施頻度は週1回を基本としたが、緊急介入が必要な場合や深刻なケースでは週2回とすることもあった。一方、状態が安定してきた場合には、月1〜2回程度に頻度を下げ、フォローアップを継続した。面談の内容は、各相談者の主訴や置かれた状況、ならびに心理支援者の専門性を踏まえ、個別に検討しながら実施した。
また、医療機関の受診が必要と判断される場合には、適宜クリニック等を紹介した。本人から希望があった場合には、可能な範囲で医療機関や学校宛ての情報提供書を作成した。さらに、未成年者や深刻なケースにおいては、同居家族や恋人等と連携しながら支援を進めた。
実施により得られた成果
2025年度は、ウクライナ避難民49名から申込みがあった。内訳は、女性43名、男性6名であった。年齢層は、19歳未満が9名、20代が27名、30代が5名、40代が6名、50代が2名であり、若年層を中心とした利用が多かった。このほか、12歳未満の子どもへの心理療法/心理相談や、帰国後の相談継続の希望が5件あったが、これらは本事業の対象外であったため、スクールカウンセラーへの相談を勧める、あるいはウクライナ在住の心理支援者を紹介するなどの対応を行った。本事業の対象外である年少児支援や帰国後支援へのニーズが存在したことは、今後の支援設計上の課題を示すものであった。
初回申込み時点における主訴の内訳としては、うつ/抑うつが13名、不安/不安症が7名、人間関係やコミュニケーションに関する相談が5名、家族に関する相談が7名、進路・将来不安が6名、その他11名であった。その他の相談も含め、表面的には主訴を分類できる一方で、実際には、抑うつの背景に将来不安や人間関係上の問題がある、家族の問題の背景に生活不安や孤立があるなど、複数の課題が重なり合っているケースが多くみられた。また、経済的な支援修了に伴い、生活ストレスの悪化が多くのケースで見られた(図4)。

図 4 2024年度―2025年度にもっとも多く語られた生活ストレス
2025年度に実施した心理療法/心理相談は、1人当たり平均25.3回、合計1241件であった。2024年度の1人当たり平均24.1回に対し、2025年度も25.3回と高水準で推移しており、支援ニーズの高さと、継続的支援の必要性がうかがえた。これは、相談内容が単発的・短期的なものではなく、避難生活の長期化に伴って複雑化した抑うつ、不安、無力感、対人不信、家族葛藤、将来不安等に対して、継続的かつ個別的な支援が必要であったことを示している。とりわけ2025年度は、生活不安への対応にとどまらず、人生設計や家族関係の再編、定住か帰国かといった、より長期的かつ根本的なテーマを扱うケースが目立った。
事業終了時点での経過を、①主訴が解消した群、②主訴は残存したが悪化予防等の成果が得られた群、③主訴の改善過程で新たな課題が前景化した群、の3群に整理すると、以下の通りであった。
第一に、49名中31名において、心理的不調が改善し、主訴が解消された。これは全体の約6割強にあたり、本事業が避難民の精神的健康の改善と生活再建の基盤形成に一定の成果をあげたことを示している。特に、睡眠障害、著しい気分の落ち込み、慢性的緊張、不安のコントロール困難、無気力、自尊感情の低下といった、生活機能そのものを損ないやすい症状に対して改善が認められた点は重要である。
第二に、7名については主訴の完全な解消には至らなかったものの、継続支援によって症状の理解や整理が進み、悪化の予防、安全の確保、必要に応じた医療や周囲の支援資源との連携など、危機介入的な成果が得られた。具体的には、学生相談機関や地域のウクライナ避難民支援窓口等と連携し、孤立の深刻化を防ぐことができたケースもみられた。これらのケースでは、主訴の完全な解消には至らなくとも、急激な悪化を防ぎ、支援につながり続けられたこと自体が成果であったと考えられる。
第三に、11名については、当初の主訴が改善していく過程で、別の主訴が前景化した。具体的には、暴力被害、離婚の危機、失職、住居の喪失、故郷からの悲報などに伴って心理状態が再び悪化する事態が認められた。このうち、事業終了時点で3名は新たな主訴により状態が大きく悪化したままであり、8名は悪化後に心理療法/心理相談を通して一定程度立て直したものの、不安定な状態が続いていた。これは、2025年度の支援対象者において、心理的問題が単一の症状の改善で終わるものではなく、避難生活の長期化、支援制度の終了、家族状況の変化、将来選択の切迫などによって、課題の質そのものが変化していくことを示している。
本事業では、心理療法/心理相談の効果を把握するとともに、相談者自身が自身の状態を把握しやすくすることを目的として、PHQ-9を初回およびおよそ5回ごとに実施した。PHQ-9は、過去2週間における抑うつ症状の程度を把握するための簡易な質問票である。初回実施は44名を対象に行われ、初回平均点は14.14点であり、中等度の抑うつに相当する水準であった。その後、2回以上PHQ-9を実施した者は33名であった。改善が認められたケースでは平均3.7点の改善がみられた一方、悪化がみられたケースでは平均4点の悪化が認められた。2024年度の同様の実施形態では、PHQ-9を実施した対象者全体に平均5点の改善が認められていたことを踏まえると、2025年度は、改善する人は改善する一方で、悪化する人は大きく崩れるという、振れ幅の大きい年度であったといえる(図5)。

図 5 PHQ-9の紹介および2024年度と2025年度の得点集計
こうした状況を踏まえ、担当心理支援者は多くのケースにおいて医療機関の受診を勧めていた。受診勧奨を行ったケースは27件であり、そのうち実際に医療機関につながったケースは18件であった。言語の壁、精神科医療に対する不安、受診手続きに対する負担感などにより、必要性が高くても必ずしも受診に結びつかない現実があった。こうした点は、心理支援に加えて、医療への橋渡し支援の必要性を示している。
質的な成果として、本事業は、相談者が母語で安心して語ることのできる場を継続的に提供した点に大きな意義があった。2025年度には、単なる症状軽減以上に、「これまで言えなかった本音を言える」「支援終了や人生の選択を前に、自分の気持ちを整理できる」「家族や進路に関する決断を一人で抱え込まずに済む」といった意味で、心理的な足場を確保する機能がいっそう重要であった。例えば、当初は抑うつ症状を主訴としていた相談者が、面接を重ねる中で、背景にある将来不安や家族内葛藤を言語化できるようになったケースもみられた。とりわけ、戦争が恒常化し、避難生活が一時的なものではなく人生設計そのものを問う局面に入った2025年度においては、相談者が母語で継続的に語れる場を持ち続けられたこと自体が、本事業の重要な成果の一つであった。
成功要因
第一に、母語による専門的支援が提供できたことが最大の成功要因である。トラウマ、抑うつ、不安、罪悪感、人生の意味の喪失といったテーマは、生活相談とは異なり、微細な感情表現や文化的背景をふまえた理解が不可欠である。本事業では、ウクライナ語で相談できる体制があったからこそ、相談者は防衛的になりすぎず、自身の傷つきや葛藤を言語化しやすかった。また、心理療法/心理相談を提供する支援者は全員がウクライナ語話者であり、そのうち3名は日本に避難してきた当事者でもあったことは、相談者にとって「過度に説明しなくても通じる」という安心感につながり、支援関係の形成を促進したと考えられる。
第二に、継続的・個別的な支援ができたことである。2025年度の平均実施回数は25.3回であり、2024年度の24.1回に続いて高水準で推移した。これは、単発相談ではなく、関係形成を土台とした継続支援が行われていたことを意味する。心理的問題が複線化しやすい時期には、短期的な助言だけでは足りず、状態の変動を見ながら伴走する支援が必要であった。本事業では、主訴の改善だけでなく、途中で新たな困難が前景化した場合にも支援を継続し、立て直しを図ることが可能であった。
第三に、オンラインを中心とした柔軟な支援形態である。全国に住まう避難民に支援を届けられたことに加え、昼夜逆転、就学・就労、人目への恐怖、交通手段の乏しさなどの事情により、夕方以降や外出困難なケースにも対応できた。希望がある場合には東京で対面相談も実施したが、全体としてはオンライン形式が、支援につながること自体が難しい層にとって有効であった。特に、生活の余裕が乏しく、外出や移動そのものが負担となる相談者にとって、この柔軟性は大きな意味を持った。
第四に、必要に応じた連携と支援調整である。病院紹介、学校等への情報提供、未成年や深刻ケースでは家族・恋人など身近な人とも可能な限り連携を行っていた。2025年度は、心理療法単独では扱いきれない問題(例:医療、進学、家族関係、生活不安)が多く、相談者を孤立させず周辺資源とつなぐ姿勢が、支援の実効性を高めた。
第五に、2025年度特有の困難を、単なる「気分の落ち込み」としてではなく、人生評価・将来設計・家族システムの危機として理解したことである。2025年度は、戦争の長期化が「恒常化」へと移行し、避難生活が一時的なものではなく、人生設計そのものを問う局面へと移っていた。加えて、各種支援の終了、就労の不安定さ、住居不安、日本語学習の限界、子どもの教育問題、医療制度の違い、文化的孤立など、生活上の慢性的ストレスが心理的不調と強く結びついていた。こうした状況を個人の脆弱性に還元せず、相談者が置かれた文脈から理解したことにより、より妥当な見立てと支援方針の構築が可能になった。
失敗要因・十分に達成できなかった点
第一に、支援ニーズに対して事業資源が十分ではなかったことである。2024年度後半以降には待機リストが生じていたにもかかわらず、2025年度は限られた予算のもとで事業を再開した。配分された予算は最大限活用したが、現場で把握していたニーズの多くには十分に対応できず、必要な回数の支援をすべての相談者に保障することはできなかった。実際には、申込みや相談希望があっても受け入れを断らざるを得ないケースがあったほか、当初の主訴が改善しても、その後に新たな主訴が前景化し、本来であればさらに継続的な支援が必要なケースもみられた。慢性化・複雑化した問題を抱える相談者に対しては、一定期間の支援だけでは十分ではなく、支援量の制約そのものが回復の遅れや不安定さにつながりうる状況であった。
第二に、心理支援のみでは解決しきれない構造的問題が多かったことである。2025年度の不調は、単なる抑うつや不安ではなく、経済支援の終了、不安定な就労、低賃金労働、住居不安、日本語学習の限界、教育上の負担、医療アクセスの困難、家族分断の長期化などと密接に結びついていた相談内容がこれまで以上に特徴的であった(図6)。

図 6 避難民が遭遇している言葉の壁
避難者は、もはや「終わるかもしれない戦争」ではなく、「終わらない現実」に直面し、「日本で何らかの成果を出さなければならない」というプレッシャーを抱えていた。一方で、住居・生活支援の終了や、学習・就労の努力が思うように将来につながらなかった現実は、単なる経済不安にとどまらず、「この数年、自分は何を成し遂げられたのか」という自己評価や未来評価への打撃ともなっていた。大きな制度的変化としては、日本財団による経済支援が全員終了し、多くの避難民が月額7~8万円程度のパート就労に頼らざるを得ない状況となった(図7)。

図 7 避難民が体験している就労と経済的不安
また、関西地域では大阪・関西万博関連の短期就労によって生活をつないでいた若者が10月に失職するなど、生活基盤の脆弱さがいっそう顕在化した。さらに、家族分断の長期化、離婚危機、子どもの成長と思春期化などにより、家族システムそのものが限界局面に入り、「家族として今後どうするのか」を決めなければならない状況に置かれていた。こうした状況では、心理療法/心理相談によって一時的に状態が改善しても、その後に現実の困難が再び心理的不調を強めることがあり、心理支援だけで十分な改善をもたらすことに限界があった。
第三に、支援の担い手である心理支援者の就労条件が脆弱であり、支援の持続可能性を損ねていたことである。2024年度以降、相談内容はより複雑化し、高度な見立てと継続的対応が求められていたにもかかわらず、心理支援者への謝金水準は、日本における一般的な相場と比べても低い条件にとどまっていた。また、スーパービジョン等の高度な専門的相談に要する費用の一部は心理支援者個人の負担となっていた。加えて、事業は1年ごとの更新であり、翌年度に自らの仕事が継続するかどうかの見通しが立ちにくい状況に置かれていた。心理支援に多くの時間とエネルギーを割かざるを得ないなかで、自らの生活再建や日本語学習を十分に進めることが困難になる心理支援者もおり、事業継続が危ぶまれる状況のもとで多くの葛藤を抱えていた。とりわけ、支援者自身も避難民であった心理支援者にとっては、この不安定な就労状況が、同胞の深刻な苦痛を支え続けることによる心理的負担と重なり、燃え尽きのリスクを高めていた。これは個人の努力で補える問題ではなく、支援の質と持続可能性を守るうえで看過できない課題であった。
第四に、プロジェクト単体ではカバーできない領域が残ったことである。2025年度には、12歳未満の子どもへの心理支援、学校・大学・職場との十分な連携、帰国・他国移動後のフォローなど、本事業の枠組みだけでは十分に対応できないニーズが存在した。また、避難民でもある心理支援者の安定就労の問題も、事業の周辺的課題ではなく、今後の継続可能性に直結する問題として残された。子どもの成長や進学、家族の再編、就労・定住の選択などが前面化した2025年度においては、個人面接モデルだけでは受け止めきれない局面が目立っていた。____________________________
新たな課題
2025年度を通して明確になった新たな課題は、避難民支援の焦点が、初期のトラウマケアや生活適応支援から、長期化・恒常化した避難生活における人生再設計支援へ移行していることである。2025年度は「終わるかもしれない戦争」ではなく「終わらない現実」として受け止められ、相談者は定住か帰国か、家族として今後どう生きるか、年齢を重ねる中でどのような人生を選ぶかといった問いに直面していた。こうした変化を踏まえると、今後の支援には、短期的な症状軽減だけでなく、長期的な生活再建と将来設計を視野に入れた枠組みが必要である。
第一の課題は、単年度・短期的な支援枠では対応しきれないニーズに対して、より長期的な視野に立った支援体制を構築することである。戦争が継続しているにもかかわらず、避難民への経済支援や生活支援は順次終了しており、そのこと自体が新たな不安や無力感を生んでいた。心理支援の現場では、症状の背景に生活不安、就労不安、住居不安、家族問題が重なっていることが多く、数か月単位・1年単位の支援では十分に支えきれないケースが少なくなかった。今後は、より長期的な視野に立って、避難生活の持続と人生再建を見据えた支援のあり方を検討する必要がある。
第二の課題は、心理支援を生活・教育・就労・行政支援と接続する仕組みを強化することである。抑うつや不安の背後に、住居、収入、進学、仕事、在留、家族関係の問題がある以上、心理支援だけを独立して行っても限界がある。本事業では並行して、学校・大学・企業を対象に心理支援者による月1回の相談機会を事業の一部として組み込んでいたが、個人的なつながりを通じた小規模な相談はあったものの、事業枠としての活用にはつながらなかった。事業アピールが不十分だったという点も否定できないが、心理支援者側から必要性を感じていても、地域の団体や所属機関から十分に相談や連携の働きかけが得られない場合もあり、心理支援の必要性や利用のイメージが十分共有されにくい難しさがあった。今後は、支援を提供するNPO法人が行政、教育機関、医療機関、雇用支援機関等と連携しやすくなるよう、助成団体による後方支援や橋渡しも含めた枠組みが求められる。
第三の課題は、子ども・思春期への支援を強化することである。2025年度を通して、親の不調や家族の不安定化の陰で、子どもや思春期の若者に十分な支援が届きにくいことがあらためて浮き彫りになった。子どもは家庭内の緊張や親の疲弊の影響を受けやすく、また思春期の若者は、進学、言語、アイデンティティ形成、将来不安などの課題を抱えやすい(図8)。そうした子どもの心理的な不安定さは、両親の精神的健康や適応にも大きな影響を与えていた。たとえば、不登校の子どもがいる家庭では、親の日本語学習や就労が難しくなることもあった。しかし、子ども・思春期の支援には固有の専門性が必要であり、誰もが対応できるわけではない。本事業においても、12歳未満の子どもへの支援は対象外であり、十分な対応が難しかった。今後は、行政や教育機関、専門職との連携を含め、子ども・思春期に対応できる支援体制をあらかじめ組み込む必要がある。

図 8 戦争体験と避難生活が子どもや思春期の若者にあたえる影響の例
第四の課題は、支援者自身の持続可能性を確保することである。相談内容が複雑化し、高度な見立てと継続的対応が求められる一方で、心理専門職の仕事に必要な専門性や準備、継続的な学習に見合う社会的理解は十分とはいえない。心理支援は、1時間の面接だけで完結するものではなく、その前後の準備、記録、見立て、連携、自己研鑽を含めて成り立っている。にもかかわらず、短期助成のもとで不安定な雇用条件が続けば、支援者は支援に尽力するほど消耗が蓄積しやすい状態に置かれやすい。とりわけ、支援者自身も避難民である場合には、その負担はさらに大きい。今後は、心理支援者の専門性に見合った報酬、継続的なスーパービジョン、そして複数年単位で安心して取り組める事業設計が不可欠である。
以上のことから、今後の避難民支援には、短期的な対症療法ではなく、長期的な生活再建と家族・子どもを含む包括的支援、そして支援者を支える仕組みを備えた体制づくりが求められる。本事業を通して見えてきた課題は、単に一つの相談事業の限界ではなく、長期化する避難生活を社会としてどのように支えるかという、より大きな問いにつながるものであった。
同時に、本事業は、避難民支援に固有の課題を明らかにしただけでなく、日本社会における外国人の社会的統合の仕組みや、母子保健や子育て支援の受け皿の限界を、より鮮明に浮かび上がらせるものでもあった。今後は、避難民ならではの課題に対応する支援を継続しつつ、それを社会全体における外国人支援、家族支援、母子保健のあり方の改善へと接続していく視点が重要であると考える。
まとめ
本事業では、ウクライナから日本へ避難した人々に対し、ウクライナ人心理支援者による母国語での心理療法/心理相談を継続的に実施し、心理的不調の改善と日本での生活への適応を支えてきた。2025年度は49名に対し、合計1241件、1人当たり平均25.3回のカウンセリングを実施し、多くのケースで主訴の改善や悪化予防、安全確保、支援資源との接続といった成果が得られた。これらの成果を支えたのは、母語による専門的支援、継続的・個別的な関わり、オンラインを中心とした柔軟な支援形態、そして相談者を生活・医療・教育等の周辺資源につなぐ支援調整であった。
一方で、2025年度は、戦争の長期化が恒常化へと移行し、相談内容も初期のトラウマ反応や生活不安への対応から、将来設計、家族関係、子どもの問題、定住か帰国かといった、より根本的かつ長期的なテーマへと変化していた。そのため、単年度・短期的な事業枠では対応しきれないニーズ、心理支援だけでは解決しきれない生活上・構造上の困難、そして支援者自身の疲弊や不安定な就労条件といった限界も明らかになった。
以上より、今後の避難民支援には、短期的な症状軽減にとどまらず、長期的な生活再建、家族・子どもを含む包括的支援、生活・教育・就労・行政支援との連携、さらに支援者を支える仕組みを備えた体制づくりが求められる。本事業を通して見えてきた課題は、避難民支援に固有のものにとどまらず、日本社会における外国人支援、家族支援、母子保健のあり方を問い直すものでもあった。
外国人女性の会パルヨン
2025年度 他機関との連携 実施報告書
データ分析および報告書の作成:
花村カテリーナ、ジュラベル・オルハ、ブルツェバ・ナタリア
*一部、2026年2月17日のオンライン報告会でのスライドを使用しています。
はじめに
本事業では、ウクライナ避難民に対する心理療法/心理相談を実施する中で、心理的問題が医療的支援、福祉的支援、法的支援等を必要とする水準にあると判断されるケースに対し、必要に応じて地域の医療機関や関係機関への紹介・連携を行った。とりわけ2025年度は、心理的不調が生活困難、家族問題、住居不安、就労不安、身体症状などと複雑に絡み合うケースが多く、心理支援単独では十分に対応しきれない場面が少なくなかった。そのため、スクリーニングテストの活用や継続面接を通して受診の必要性を見立て、相談者の状態や背景に応じて、医療機関、学生相談機関、行政窓口、法律相談機関等との連携を図った。
実施状況
地域医療への受診勧奨を行ったケースは27件であった。
実際に地域医療につながったケース数は、18件であった。このうち、日本国内の医療機関は15件、ウクライナの機関は3件であった。必要性があるとの見立てがあるにもかかわらず、受診につながらなかった理由としては、経済的困難、言葉の壁、日本とウクライナの医療文化の違いへの戸惑い等が確認された(図1)。
また、継続ケースにおいて、日本国内の地域医療とのつながりが途切れないよう支援したケースは6件であった。その他、法律相談につなげたケースは2件(日本国内)、子どもの言語専門家につなげたケースは1件(ウクライナの専門家、オンライン)であった。
当団体心理支援者が事業枠組内で他職者に提供したコンサルティングは0件であった。一方で、個人的なつながりを通じた小規模な相談は14件あった。内容としては、医療機関またはパルヨン事業への相談をどのようにして避難民に勧めるか、日常的対応で何に留意するか、連携先としてどこが考えられるかといったものであった。
当団体心理支援者が他職種による正式なコンサルティングを受けたケース数は0件であった。一方で、医師への個人的なコンサルテーションは4件、スーパービジョンの個人利用は8件であり、無料または自費で対応していた。

図 1 ウクライナ避難民が体験する日本とウクライナの医療文化の違い
連携の特徴
本事業を通して明らかになったのは、医療や福祉機関への紹介は、単に「必要だから勧めればつながる」というものではなく、相談者の年齢、所属先、言語能力、医療不信、地域資源の有無、日本社会への信頼感などに大きく左右されるということであった。
第一に、所属機関への信頼がある場合には、地域医療への接続が比較的スムーズであった。
とくに学生ケースでは、大学の学生相談室や保健センターを経由することで、近隣のクリニックや病院につながりやすかった。一方で、大学生活にまだ慣れていない学生では、「分かってもらえないのではないか」といった不安を抱いたり、「相談したら個人情報が漏れる」といった噂を強く信じやすかったりし、相談につながりにくい場合もあった。そうしたケースにおいては、心理支援者による継続的な声かけが必要であった。
第二に、40代以降では、精神科や心療内科よりも、内科から入る方が受け入れられやすかった。40代以上の世代は、スクールカウンセラーや産業医の配置がない時代を生きており、またソビエト時代には心理的な不調が批判的に捉えられやすかったこともあって、精神科や心療内科の受診に抵抗を抱きやすかった。また、ウクライナ避難民に関してここ数年で発表された研究では、心理的不調を自覚しにくい傾向が明らかになった。そのため、まず内科受診を通して身体症状や緊張の緩和を図ったり、漢方を服薬したりすることが、有効な入り口となる場合があった。
第三に、初診への不安が強い場合には、診療情報提供書や心理支援者による橋渡しが有効であった。必要に応じて日本語が堪能な心理支援者が情報提供書を作成することで、相談者は初めての精神科受診に踏み出しやすくなっていた。
第四に、医療通訳制度の有無は受診継続に大きな影響を与えた。日本語で心理面を説明することが難しい避難民にとって、医療通訳制度のある病院は大きな支えとなった。一方で、そうした病院は大規模であることが多く、受診までに時間がかかることや遠方であることが受診をためらう要因にもなっていた。
第五に、日本の医療文化の違いそのものが受診不安につながることがあった。ウクライナでは受診時に何らかの処方や具体的指示が示されることを期待する場合が多い。一方日本では「経過観察」とされることもあり、それが「何もしてもらえなかった」という不信感につながりやすかった。そのため、心理支援者が文化差を説明し、不信や誤解を和らげることが重要であった。
第六に、日本の医療への不信感が強い場合や帰国志向が強い場合には、ウクライナ側の医療機関受診を勧めることも現実的な対応であった。帰国への気持ちが強いケースや、日本での医療への不信感をぬぐえないケースでは、帰国時にウクライナの医療機関受診を推奨した。医療への接続は日本国内だけで完結するものではなく、相談者の価値観や生活の見通しに応じた柔軟な判断が必要であった。
第七に、支援者や関係機関から心理支援者への相談ニーズは一定程度存在していたが、それが事業としての正式な相談利用にはつながりにくかったことである。当初は、団体からの相談を想定して予算も確保していたが、申込フォームを通じた正式な利用はなかった。一方で、当団体心理支援者に対する個人的な相談は14件あり、内容は、医療機関またはパルヨンへの相談の勧め方、日常的対応での留意点、連携先の見立てなどであった。デリケートなケースほど、個人的なつながりの中で相談する方が敷居が低かったと考えられるが、その形は心理支援者の無償的負担に依存しやすく、個人情報や責任の扱いも曖昧になりやすい。今後は、こうした小規模な相談ニーズに対応できる、利用しやすく整理された仕組みが必要である。
第八に、心理支援者自身が多職種や他の専門家にコンサルテーションを求める必要がある場合、その多くは、連携先の医師への個別相談、あるいは知人の専門家に対する無料または自費での有償スーパービジョン・コンサルテーションに依存していた。重いケースや複雑なケースが多かったため、コンサルテーションを受けるニーズは高かったものの、有償スーパービジョンは継続的に利用するには負担が大きく、必要性があっても十分に活用しにくかった。また、事業として心理支援者がどのように多職種コンサルテーションを受けるかが明確ではなかったことも、こうした支援の利用が広がりにくかった一因と考えられる。
主な連携事例
事例1 大学内の支援資源を活用して地域医療につながった事例
20代、避難歴3年目の学生ケース。PHQ-9(抑うつ症状の簡易スクリーニングテスト)の結果から、中等度から重度の抑うつ状態が疑われた。本人が健康診断の際に大学保健センターを利用した経験を持っていることを確認したうえで、保健センターへの相談を推奨した。その結果、保健センターより、留学生対応の経験がある近隣クリニックを紹介してもらうことができ、地域医療への接続が可能となった。
事例2 不安の強い学生に対し、継続的な声かけを通して受診につながった事例
19歳未満、避難歴1年目の学生ケース。眠れない日が続いており、2回目のPHQ-9の結果が悪化していたことから、医療機関の受診を推奨した。学生相談室または保健センターの利用を勧めたが、本人は「3年前に避難した学生から、相談した覚えがない人にも内容が洩れるから気を付けるべきだという噂を聞いた」と述べ、個人情報漏洩への強い不安を示していた。そこで、心理支援者がその不安を受けとめつつ、学生相談室について一緒にホームページで調べたり、相談時の伝え方や対応のコツを説明したりする支援を継続した。その結果、後に学生相談室を経由して医療機関の受診につながった。
事例3 地域の医師の協力により継続通院につながった40代事例
40代、日本語・英語ともに非話者のケース。心理的不調が身体症状として強く現れ、外出も困難な状態であった。担当心理支援者の個人的なつながりを通じて、地域でウクライナ避難民支援に関わっている医師に相談したところ、医師が対応した。医師より日本の医療文化や処方への不安について丁寧に説明し、オンライン通訳も活用可能としたことで、継続的な通院と症状緩和につながった。
事例4 医療通訳制度を活用して受診につながった若年女性の事例
20代、英語が堪能なケース。担当心理支援者が市役所の外国人支援課に問い合わせたところ、県立病院において医療通訳制度を利用できることが確認され、受診につながった。ただし、医療通訳の利用は継続的に保障されるものではなく、制度終了後への不安が残る形となった。
事例5 ウクライナ国内の心理職への移行支援を行った事例
20代、避難歴4年目。帰国志向が強かったため、ウクライナ国内の心理職を紹介した。本人には、心理士が変わることへの不安や、避難歴が長いためウクライナ国内で十分に理解してもらえないのではないかという不安が強かったことから、担当心理士、紹介先心理職、本人の3者で合同面談を行い、支援の引継ぎを行った。帰国や移動を見据えた支援では、単なる紹介ではなく、移行を支える橋渡しが重要であることが示された。
事例6 福祉団体からの相談をきっかけに母子それぞれに支援がつながった事例
生活支援を行う団体のメンバーから、関わりの多い避難民の子どもと母親の状態が心配であるとの個人的相談があった。心理支援が必要と判断されたため、子どもについてはスクールカウンセラーへの相談を勧め、母親についてはパルヨンのウクライナ避難民心理支援事業につながるよう提案した。その結果、母親は本事業の相談につながり、本事業の心理支援者の紹介により、子どもはオンラインでウクライナ在住心理支援者との面接を開始した。これは、心理支援が本人からの直接申込みだけでなく、周囲の支援者の気づきによっても導かれうることを示している。
事例7 法的相談が必要なケースを専門機関につないだ事例
法的な相談が必要なケースについては、ウクライナ人の法律家を雇用している弁護士法人キャストグローバル東京にリファーし、相談につなげた。心理的問題の背景に法的・生活的問題が存在する場合には、心理支援のみで抱え込まず、専門機関に適切につなぐことが重要であった。
実施を通して見えてきた課題
本事業を通して、医療や福祉機関との連携においては、以下の課題が明らかになった。
第一に、受診の必要性があっても、それが本人の自覚や受診意欲に結びつきにくいケースが少なくなかったことである。心理的不調は身体症状や疲労感として訴えられることも多く、本人が医療や心理支援の必要性として捉えにくい場合があった。PHQ-9のようなスクリーニングテストは状態の可視化に有用であったが、それだけで受診につながるわけではなく、担当心理支援者による継続的な声かけや説明が不可欠であった。
第二に、言語・文化・制度の違いが、受診や相談そのもののハードルを高くしていたことである。経済的困難、日本語の壁、医療通訳の不安定さ、日本の医療文化に対する違和感などが、心理支援から医療への導線を妨げていた。とくに、日本では「経過観察」とされることがある一方、ウクライナでは受診時に何らかの処方や具体的指示を期待することが多く、この違いが不信感や受診不安につながることがあった。
第三に、支援者や関係機関が心理支援者に「少し相談したい」と感じた際に利用できる、敷居の低い相談の仕組みが十分ではなかったことである。団体からの正式な相談利用にはつながらなかった一方で、当団体心理支援者への個人的な相談は14件あった。よって、ニーズは存在していたことがうかがえた。しかし、個人的なつながりに依拠した相談は、心理支援者の無償的負担に依存しやすく、個人情報や責任の扱いも曖昧になりやすい。今後は、こうした小規模な相談ニーズに対応できる、利用しやすく整理された仕組みが必要である。
まとめ
本事業では、心理療法/心理相談の実施を通して、医療・福祉・法的支援が必要なケースを把握し、地域の関係機関への紹介と連携を行った。その結果、受診や相談につながり、継続通院や症状緩和、生活上の課題への対応に結びついたケースがみられた。
一方で、受診の必要性があっても自覚や受診意欲につながりにくいこと、言語・文化・制度の違いが受診の妨げとなること、連携が個々の心理支援者の努力やネットワークに依存しやすいこと、そして関係機関が気軽に相談できる仕組みが十分でないことが課題として明らかになった。今後は、心理支援と医療・福祉・法的支援との連携を、より利用しやすく持続可能な形で整えていくことが求められる。